甲府地方裁判所 昭和35年(ワ)260号 判決 1962年7月19日
原告 丸山くもゐ
被告 山梨県
主文
被告は、原告に対し金三〇、五〇〇円およびこれに対する昭和三五年一二月七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その余を被告の各負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金一六一、〇〇〇円およびこれに対する昭和三五年一二月七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
一、原告は、昭和二九年一一月二五日以来、山梨県公安委員会からマージヤン遊技の営業許可を受け甲府市水門町二番地において、「上海荘」の商号で右営業を継続してきた者である。
二、山梨県警察本部甲府警察署に勤務する警部補小泉芳章、巡査猪股正治、同清水信隆の三名は、いずれも被告の公務員であるが、昭和三五年一〇月一日午前九時ごろ、被疑者松井養一ほか三名に対する賭博被疑事件につき発付された搜索差押許可状に基く搜索差押として、原告の右営業所兼住居を搜索し、その際右被疑事件の証拠品として原告所有の雑記帳、手帳各一冊、食券(五〇円券九六枚、一〇円券四八枚)、マージヤンパイ二組計算棒四組を差し押え、これを原告に還付しない。
三、右搜索差押は、つぎの理由により違法である。
(一) 前記搜索差押許可状は無効である。すなわち、刑事訴訟法(以下単に法という)第二一九条は、搜索差押の令状には、被疑者の氏名を記載すべきものとし、もし氏名不明の場合は、法第六四条第二項の準用により、その人相、体格その他その者を特定するに足りる事項で被疑者を指示すべき旨を規定している。ところが、右令状には、被疑者氏名として「松井養一他三名」と記載してあるだけで、他の三名の氏名はもとより、その人相、体格などについても、なんら指示特定していない。また右搜索差押当時、原告の夫丸山由貞は右松井養一らの賭博被疑事件の被疑者であつたが、その氏名を右令状に示していない。要するに、右令状は、これに被疑者の氏名またはこれに代るべき事項の記載がないので無効であり、したがつてこれにもとづく本件搜索差押処分は違法である。
(二) 仮に右令状が適法のものであつたとしても、右搜索差押処分を受ける者は、原告およびその夫丸山由貞であるが、右小泉らは、右令状を他出中で不在の原告にはもとより、そこに居あわせた右丸山由貞にも呈示しなかつた。これは法第二二二条、第一一〇条に反する違法な処分である。
(三) 以上の違法原因が理由がないとしても、右搜索差押は立会人なくして行なわれたものである。右搜索差押当時丸山由貞は、すでに搜査機関から前記松井養一らの賭博被疑事件の被疑者として取り扱われており、法第二二二条によつて準用される法第一一四条第二項にいう「住居主若しくは看守者又はこれらの者に代るべき者」とは、被疑者以外の第三者を意味すると解されるから、右丸山由貞のみを立ち会わせて行なつた右搜索差押処分は違法である。
(四) 以上の違法原因が理由がないとしても、右令状には、「差し押えるべき物」として、「本件に関係ありと思料される帳簿、メモ、書類等」とのみ記載され、マージヤンパイおよび計算棒が記載されていないのにかゝわらず、小泉らは前記のとおりこれを差し押えた。右差し押えられたマージヤンパイおよび計算棒は、「差し押えるべき物」として右令状に記載されている「帳簿、メモ、書類等」と同一視することはできないし、また、憲法第三五条も、「書類」および「所持品」を明かに区別し、右「帳簿、メモ、書類等」は「書類」の範ちゆうに、マージヤンパイ、計算棒は「所持品」の範ちゆうに、それぞれ属するから、後者を前者に包含させることはできない。結局、右差押は、令状記載の「差し押えるべき物」の範囲をこえてされたもので、その部分については、明かに違法である。
(五) 右マージヤンパイおよび計算棒の差押は、憲法第二五条違反の処分である。原告は、前記マージヤン遊技業を唯一の生活の資としている者であるが、右物件を差し押えられ、他にこれに代るべきマージヤン器具を所有していないので、右営業は不能となり、憲法第二五条第一項に規定された健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害された。小泉ら三名は右事情を予見し、または予見することができたにもかゝわらず、あえて右差押処分におよんだものである。
四、原告は、小泉らの故意または過失にもとづく右違法な搜索差押処分により、つぎのような損害を受けた。
(1) 原告は、右処分によりいちじるしく営業の信用を失い、右処分を受けた昭和三五年一〇月一日以来、従来からの顧客がおそれをなして来店しなくなつたので、右営業を休止せざるをえなくなつた。そして当時原告は、右営業により一日金一、〇〇〇円以上の純益をえていたから、営業のできなくなつた昭和三五年一〇月一日から同年一一月三〇日までの六一日間について、一日金一、〇〇〇円の割合による合計金六一、〇〇〇円相当の営業によつてえたであろう利益を失い、同額の損害を受けた。
(2) 原告の経営する右営業の信用は、いちじるしく失墜したので、原告は、営業権(のれん)の侵害による金五〇、〇〇〇円相当の損害を受けた。
(3) さらに原告は、右処分により精神的苦痛を受け、その損害は、これを金銭に見積ると金五〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
五、ところで、前示のように、小泉ら三名は、被告の公務員であるから、被告は、国家賠償法第一条の規定にもとづき、小泉らの前記違法な処分により原告がこうむつた右損害を賠償する義務がある。よつて原告は、被告に対し、右損害合計金一六一、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三五年一二月七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求におよんだ。
と述べた。<証拠省略>
被告指定代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、請求原因一および二の事実は認める。たゞし差押物件中、雑記帳は二冊、計算棒は箱入りで八個である。
二、同三の主張に対し、
(一)の主張事実中、搜索差押許可状の「被疑者氏名」欄の記載が原告主張のとおりであることは認めるが、その他の点は争う。右令状記載の被疑者四名のうち、一名はその氏名が明記されているので、これで法第二一九条所定の令状の方式は、具備されている。
(二)の主張事実中、丸山由貞が原告の夫であり、原告が当時不在であつて、丸山由貞がそこに居あわせていたことは認めるが、その他の事実は否認する。
(三)および(四)の事実中、搜索差押許可状の「差し押えるべき物」欄の記載が、原告主張のとおりであつたこと、および小泉らが原告主張の物件を差し押えたことはこれを認めるが、丸山由貞が搜索差押当時搜査機関から被疑者として取り扱われていたことは否認する。賭博事件において、賭具は、差し押えるべき物として絶対不可欠の物件であるから、前記「本件に関係ありと思料される帳簿、メモ、書類等」に当然包含されると解すべきである。
(五)の主張は争う。
三、請求原因四、五の事実中、小泉らが被告の公務員であることは認めるが、その他の点は争う。
と述べた。<証拠省略>
理由
一、原告が、昭和二九年一一月二五日以来、山梨県公安委員会からマージヤン遊技の営業許可を受け、甲府市水門町二番地において、「上海荘」の商号で右営業を継続してきたこと、山梨県警察本部甲府警察署に勤務する警部補小泉芳章、巡査猪股正治、同清水信隆の三名が、被疑者松井養一ほか三名に対する賭博被疑事件につき発付された搜索差押許可状に基く搜索差押として、昭和三五年一〇月一日午前九時ごろ、原告の右営業所兼住居を搜索し、その際、右被疑事件の証拠品として、原告所有の物件を差し押え、これを原告に還付しないことは、当事者間に争いがない。そして成立に争いのない乙第三号証の一、証人丸山由貞の証言(第一回)によれば、右差押物件は、雑記帳二冊、手帳一冊、食券五〇円券九六枚、同一〇円券四八枚(以下これを本件書類という)、マージヤンパイ二組、計算棒入箱八個(以下これを本件マージヤン用具という)であつたことが明かで、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。
二、そこでまず、原告は、右搜索差押許可状は、被疑者の氏名またはこれに代るべき事項が記載されていないから無効であると主張し、右令状(成立に争いない乙第二号証)に被疑者氏名として「松井養一他三名」と記載されていることは、当事者間に争いないが、法第二一九条第一項が搜索差押許可状に被疑者名の記載を要求しているのは、罪名の記載と相まつて、右令状については最も重要な意味をもつ搜索すべき場所および差し押えるべき物を特定し(その明示は、憲法第三五条第一項の要求するところである)、かつ、有効期間の記載などと相まつて、令状が他の被疑事件に流用される危険を防止しようとする目的に出たためであつて、この点、人を直接の対象とする強制処分の令状たる逮捕状などに記載される被疑者名とは、本質的に異るのである。本件令状には、前記のとおり、被疑者氏名として「松井養一他三名」と記載されているのみであるが、前記法条の趣旨からして、罪名、右乙号証により明白な有効期間を七日間とした記載とを総合すれば、本件令状の記載としてはこの程度で右要請を満足させるものと解すべきである。したがつて原告の右主張は理由がない。
三、つぎに原告は、本件搜索差押が搜索差押許可状を法第一一〇条の「処分を受ける者」に示すことなく行なわれたものであると主張するので、以下この点について順次判断する。
まず右搜索差押において、法第一一〇条の「処分を受ける者」が何人であるかにつき考えると、右「処分を受ける者」とは搜索すべき場所または差し押えるべき物の直接の支配者を意味するものと解されるところ、原告が自己名義で風俗営業の許可を受けてマージヤン営業を営んでいたことは、当事者間に争いがなく証人丸山寿子の証言および原告本人尋問の結果によつて認められるとおり、原告が、丸山由貞の妻ながら、顧客から料金を受領するなど、右営業の重要な部分を自ら担当していたことは明かであるから、これらの事実によると、右にいう直接の支配者は、一応原告のみであるかのように解せられるのであるが、証人丸山寿子の証言によつて成立の認められる甲第一号証の一、二、右証言、証人丸山由貞(第一、二回、たゞし後記信用し難い部分を除く)、同長田実造の各証言、原告本人尋問の結果によれば、右丸山由貞は、原告と前記営業所兼住居に同居し、当時他に職業なく、同店へ来る顧客がマージヤン遊技の必要人員にこと欠くような場合、これに一時的に加わつてサービスしたり、あるいは、原告が無筆であるので営業の収益を記帳したりし、対外的にも、本件搜索差押前、警察が投書によつて聞きこみ搜査をしていたころ、所管警察署長に面会を求めて適法に営業している旨を報告するなどして、原告とともに右営業に従事してきたことを認めることができる。右認定に反する証人丸山由貞の証言(第二回)の一部は、前掲証拠にてらし信用しがたく、他に右認定を左右するにたりる証拠はない。右事実によれば、右営業は、実質的には原告夫妻の共同経営にかゝるものでたゞ形式的に原告名義によつて行なわれていたにすぎないとみるのが相当である。そして右のように夫婦が同一家屋に居住して事業を共同経営する場合は、両名とも搜索すべき場所及び差し押えるべき物について直接の支配者に該当するというべきである。したがつて、丸山由貞も原告とゝもに右「処分を受ける者」であつたと解される。かくて、右搜索差押のおり、原告は右営業所兼居宅に不在であつたが、丸山由貞が同所にいたことは当事者間に争いがないので、右令状は同人に呈示されるべきであつたところ、原告は、同人に右令状の呈示がなかつたと主張するので、以下この点について判断する。
証人丸山由貞(第一、二回)、同深沢猛の各証言、原告本人尋問の結果の各一部は、原告の右主張に直接副うし、そのほか右主張を裏付けるものと一応考えられるつぎのような諸事実が認められる。すなわち、(1) 、前記乙第三号証の一の記載及び証人小泉芳章、同猪股正治、同清水信隆の各証言中には、小泉らは、右丸山由貞に対し本件令状を、原告宅の玄関先および室内で各一回、計二回呈示した旨がみられるのであるが、他方右証人清水信隆の証言によると、同一の機会に同一の令状を二度呈示することは通常しないことが認められる。また、(2) 、右乙第三号証の一(本件搜索差押調書)には、「搜索差押のてん末」として、「………同家居間四畳半に上り食卓をはさんで本職は丸山由貞に対し更に令状を示すと同人は眼鏡を用い令状を手にしてこれを読み本職に令状を返したので………」ときわめて詳細に同人が令状を見たようすを描写し、そのうえその添附図面には、令状を示した各場所を図示しているが、右調書の記載は一般の場合に比し全体として異常に詳細である。(3) 、前記乙第三号証の一、証人小泉芳章、同猪股正治の各証言によると、本件搜索差押調書は、本件搜索差押をした日に作成されたのであるが、令状を示した位置は、その後約一〇日を経てこれに書き加えられたものであることが認められる。さらに(4) 、原告が右令状の呈示がなかつたとして本件訴を提起するに至つた経緯は、証人丸山由貞(第一、二回)、同深沢猛の各証言、原告本人尋問の結果によると、丸山由貞は、本件搜索差押を受けた直後知人深沢猛の訪問を受けたので、同人に右処分のてん末を語つたところ、同人より警察官が令状を持つて来たかと聞かれ、そこではじめて右処分に令状の必要なことを知つたが、原告は、帰宅して夫由貞からそれにもかかわらず令状の呈示のなかつたことを聞き、直ちに原告訴訟代理人林貞夫に相談した結果、その翌々日である昭和三五年一〇月三日、甲府地方裁判所に対し違法搜索差押を理由に国を相手として訴を提起したのである(もつとも右訴訟は、相手を誤つたため一旦これを取り下げ、改めて本件訴訟を提起した)ことが認められる。これによると、原告が本件訴を提起するに至つた経緯は自然であつて、その間になんらの作為もないようにみられ、換言すれば、真実令状の呈示のなかつたことを、右経緯からうかがいうるかのようである。また、(5) 証人丸山由貞(第一、二回)、同丸山寿子の各証言および原告本人尋問の結果によれば、丸山由貞は、強度の近眼で、就寝あるいは入浴する時以外は眼鏡をはずしたことはないとのことであり、当公廷で証言した際の挙勤(宣誓書に署名し、あるいは文書を見せられた際も含めて終始眼鏡をはずさなかつた)からしても、ある程度この点は首肯されうるのに対し、証人小泉芳章は、同人らが原告宅へ入つて行つた時、丸山由貞は眼鏡をかけていず、示された令状を見た時はじめて眼鏡をかけたと供述しているので、少くとも証人小泉芳章の証言中右眼鏡に関する部分は信用性が薄く、したがつてまた右証言に符合する令状を示したという旨の証人猪股正治、同清水信隆の各供述の信用性に影響をおよぼし、かえつて右呈示はなかつたのではないかとも考えられる。
以上の各証拠と認定事実とを総合すると、原告の右主張は認められるかのようである。しかしながらさらに進んで考えると、まず右(1) の供述内容ないし記載については証人小泉芳章、同猪股正治、同清水信隆の各証言によると丸山由貞に対し本件令状を二度呈示したのは、第一回目に玄関先で呈示した時は、同人がそわそわしていてこれをじゆうぶん見なかつたから、念のため部屋へあがつてさらに一回呈示したというのであつて、したがつてこれをもつて原告の右主張を証する資料とはしがたく、また、(2) の事実についても、右各証言によれば、本件搜索差押調書が詳細をきわめているのは、元来令状の呈示が問題となる虞れのある場合には、呈示した場面を写真に撮影し呈示を明かにするのが通例であるが、当日写真機を持参せず、搜索差押の経過を客観的に記録できなかつたゝめ、これに代るものとして右調書を綿密に作成したというのであつて、これによると、右調書の記載がたとえ通常の場合よりいちじるしく詳細であつても、そのことから直ちに右呈示がなかつたと推測することは困難である。さらに(3) の事実については、証人小泉芳章、同猪股正治の各証言、原告本人尋問の結果によると、本件搜索差押処分のあつてから四、五日後右処分をするについて令状の呈示がなかつた点を新聞に報道されたので、その搜索差押調書に令状を示した各位置を書き加えたというのであるから、搜査官として職務上の公正を欠き不相当の非難は免かれないとしても右事実をもつて令状を呈示しなかつたとの証拠とはなしがたい。
以上検討してきたほか本件搜索差押時の現場の模様については更に左の事実が認められる。すなわち証人小泉芳章、同猪股正治、同清水信隆、同丸山由貞(第一、二回)の各証言(もつとも右丸山由貞の証言中信用し難い部分を除く)によれば、右小泉外二名の警察職員は右処分当時いずれも私服を着用していたのにもかかわらずその身分を証明する警察手帳をも右由貞に示さなかつたこと(このような場合には身分を明かにするために令状を示すのが極めて自然である)、猪股正治は当時本件令状を他の必要書類とともに茶色封筒に入れて原告方に持参していること並びに当時の状況として事前に令状を呈示しないで搜索差押処分をしなければならないほどの緊迫した事情、たとえば丸山由貞の右処分の拒否抵抗或は証拠隠滅等の行為は全くみられず、却つて同人は小泉らの右処分にむしろ協力的、迎合的であつたことを認めるのに十分であつて、右事実を動かすに足りる資料はない。したがつてこれらの事実によれば前記認定の状況下においてなおかつ本件令状の呈示がなかつたということは極めて異例に属するものといわねばならない。
以上比較検討した結果を主要な理由とし、その他本件に顕われた全証拠を検討しても、令状呈示の有無の点についての積極、消極の証拠は互いに相拮抗し、結局当裁判所は、令状を示さなかつたという事実について心証をうることができなかつた。したがつて右呈示のないことを前提とする原告の右主張は採用し難い。
四、つぎに原告は、丸山由貞は、本件搜索差押当時松井養一ほか三名の賭博被疑事件の被疑者として取り扱われており、法第一一四条第二項の立会人は被疑者以外の第三者を指すと解すべきであるから、結局本件搜索差押は立会人なくして行なわれたものであると主張する。しかし証人小泉芳章、同長田実造の各証言によれば当時丸山由貞は、右被疑事件の被疑者ではなく、その後の搜査の結果その被疑事実が判明したことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。してみれば、同人は立会人となる資格を当時は有していたもので、原告のこの点に関する主張は理由がない。
五、つぎに原告は、本件令状の差し押えるべき物欄には、「本件に関係ありと思料される帳簿、メモ、書類等」と記載してあるのみであるからマージヤンパイなど本件マージヤン用具は、これに含まれないと主張するのでこの点について判断する。本件令状の差し押えるべき物欄に、右のとおり記載されていることは当事者間に争いがない。そして憲法第三五条第一項は令状には搜索する場所及び押収する物を明示しなければならない旨を明かにして住居並びに財産の不可侵を宣言し、法第一〇七条はその趣旨をうけて差押状又は搜索状には差し押えるべき物又は搜索すべき場所を記載しなければならない旨明定している趣旨に徴すると、右法条はいうまでもなく厳格に解釈されるべきであつてこれをみだりに拡張して解釈することは許されないものといわねばならない。ところで本件において「本件に関係ありと思料される書類等」とは、「帳簿、メモ」と記載された具体的例示に附加されたものであるから松井養一ほか三名の賭博被疑事件に関係があり、かつ右例示に準ずる文書類を指すものと解するほかなく、これに本件マージヤン用具を含ませて解することは、右各法条の趣旨に照しいちじるしく困難で許されないものといわなければならない。被告は、賭博事件の諸具は差し押えるべき物として絶対不可欠のものであるから、当然これに包含されると主張するが、そのような令状の客観的記載あるいは意味内容から離れた搜査の目的のみを重視する立場からすれば、「本件賭博事件に関係ある一切の物件」というような一般的探検的令状も許されることになり、国民の権利が搜査機関によつて恣意的に侵される危険が生ずることは明かであり、したがつて結局、右令状の差し押えるべき物に含まれない本件マージヤン用具を差し押えた行為は、原告の憲法第二五条違反の主張について判断するまでもなく違法であると解さねばならない。
六、以上検討してきた結果によれば、結局原告主張の違法原因中小泉ほか二名の警察職員が共同して本件令状記載の差し押えるべき物の中に含まれていないと解せられる本件マージヤン用具を差押えた行為は違法であることを免れないこととなるので、進んで右行為が前記三名の故意または過失に出たものであるかどうかについて考察する。証人小泉芳章、同猪股正治、同清水信隆の各証言によれば、同人らは、本件令状の記載程度で当然右マージヤン用具をも差し押えることができるものと考えていたことが推知され、右認定を覆すにたりる証拠はない。ところで、搜索、差押など国民の基本的人権に重大な関係のある処分を行なう権限を有する司法警察職員は、その職責上、当該令状に記載された差し押えるべき物がどの範囲において適法であるかについては、前説示程度の法律的知識はこれを有しているべきものと解するのが相当であり、その範囲に疑問が生じたならば、上司なり当該令状を発した裁判官なりに問いあわせるなどして、慎重に行動すべき注意義務があるというべきである。ところが右三名はこれに気づかず、漫然と前述のごとき処分をしたものであるから、過失の責は免れ得ないものといわねばならず結局同人らは過失により原告所有の本件マージヤン用具を違法に差し押え、その所有権を侵害したものというべきである。
そして右三名が被告の公務員であることは当事者間に争いがなく、同人らが司法警察職員として公権力の行使にあたる者で、右権利侵害はその職務を行なうについて生じたものであることは、前記のとおり明かであるから、被告は国家賠償法第一条により、原告が受けた損害を賠償する義務がある。
七、そこで以下原告が受けた損害の額について考える。
原告は、まず、本件搜索差押を受けた昭和三五年一〇月一日から同年一一月三〇日までの六一日間について、営業によつてえたであろう純利益の喪失として、一日金一、〇〇〇円の割合による合計金六一、〇〇〇円の損害賠償並びに信用毀損による損害賠償をも併せて請求しているので、これについて判断する。
原告のマージヤン遊技営業が、昭和二九年以来所轄取締官庁の許可を受け、本件搜索差押が行なわれるまで継続されてきたことは、当事者間に争いがなく、証人丸山寿子の証言によつて成立の認められる甲第一号証の一、二、同証人、証人丸山由貞(第一、二回)、同小泉芳章の各証言(ただし後記信用しない部分を除く)、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、右営業により純利益一日一、五〇〇円ないし二、〇〇〇円の収入をえていたが、所轄警察暑が投書により昭和三五年七月ごろから原告の営業について聞きこみ搜査を開始したので、その後間もなく客足が落ち、右搜索差押直前は、一日金一、五〇〇円ないし金一、〇〇〇円に収入が減少していたこと、ところが右搜索差押によりさらに客足が落ち、加えて本件マージヤン用具を差し押えられ、他にこれに代るべきマージヤン用具を所有していなかつたので、ついに営業不能となつたこと、原告の夫丸山由貞は、右搜索差押後警察署から賭博の容疑を受けて起訴され、これによつて甲府簡易裁判所において有罪判決を受けたことを認めることができ、右認定に反する証人小泉芳章、同清水信隆の証言の各一部は前掲各証拠にてらし信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、原告の営業が不能となつた原因として右のとおりまず警察署の聞きこみ搜査および本件搜索差押による客数の減少があげられるが、この点については前者はもとより特別の事情のないかぎり適法な行為とみるべきであり、後者もまた前認定のとおりその全体が違法性を有するのではなく、差し押えるべき物の範囲を誤つた点のみが違法であると認められるのであるから、これと右客数の減少したことゝの間には因果の関係は認められないのである。なぜならば、前に判断したとおり、少くとも本件書類については、搜索差押手続は違法に行なわれたとは認められないところ、これのみによつても客足が落ちたであろうことはじゆうぶん推測できるからである。しかながら、右認定のとおり、客足が落ちたことに加えて、本件マージヤン用具を違法に差し押えられ、これを使用できなくなつたゝめ、営業不能となつたのであるから、本件マージヤン用具の違法差押は、たとえ部分的にせよ、営業不能の原因となつたのであり、両者間には相当因果関係があるものと解すべきである。
ところで、右認定のとおり、本件搜索差押によりさらに客足が落ちたことは明かで、その直前は一日一、五〇〇円ないし一、〇〇〇円程度の純益収入があつたのであるから、本件搜索差押後においても本件マージヤン用具を使用できて営業が可能であつたとすれば、丸山由貞が右処分後賭博事件で有罪判決を受けているなどの前記事情から推定し、なお原告主張の営業権の侵害による損失をも含めて一日の営業純益は金五〇〇円程度に減少されたであろうと認めるのが相当である。そして右割合による損害賠償を請求できる日数について考えると、本件マージヤン用具は、マージヤン遊技営業にとつて必須な資本であるけれども、原告の営業全体の経済的構成からすれば、きわめて少ない要素をなしているにすぎないこと、その新品入手に要する金銭、難易の程度、前記営業収益などを総合的に考慮すれば、右損害額は営業の六一日分に限定されると認めるのが相当であり、結局、被告は一日金五〇〇円の割合による右六一日分、この合計金三〇、五〇〇円の損害を賠償すべき義務がある。
原告は、更に精神的苦痛に対する慰藉料として金五〇、〇〇〇円を請求しているが、本件マージヤン用具のような一般の物件については、特段の事情のないかぎり、これを違法差押により失つてもその経済的損失とは別個に慰藉料請求権は発生しないと解され、本件についても、証拠上特別の事情を認めることができないから、この点に関する原告の主張は失当である。
八、以上認定したとおり、被告は原告に対し、営業上の利益の喪失による損害として金三〇、五〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明かな昭和三五年一二月七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて原告の被告に対する本訴請求は、右認定の限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求を失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。
なお本件につき仮執行の宣言を付することは相当でないと考えるので、原告の右申立はこれを却下する。
(裁判官 須賀健次郎 田尾桃二 田中清)